大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和36年(ネ)176号 判決 1964年6月26日

控訴人(原告) 清水秀英

被控訴人(被告) 魚津市

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、魚津都市計画火災復興土地区画整理事業受託者富山県知事吉田実が、中屋久蔵に対し昭和三三年六月一二日付魚復都第二一三号をもつてなした六一街区二一区地の内地積約二九坪三合なる仮換地についての借地権指定処分は無効であることを確認する、右指定処分が無効でないときはこれを取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上並びに法律上の主張は、次に記載するものの外、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第一、控訴代理人の主張

一、富山県知事吉田実が魚津市都市計画火災復興土地区画整理事業受託者として訴外中屋久蔵に対し昭和三三年六月一二日付魚復都第二一三号借地権指定通知書によつてなした本件借地権指定処分は強行法規である土地区画整理法(以下単に「法」という)第九八条第一項後段の規定に違反し、その違反が重大且つ明白であるから当然無効である。すなわち法第九八条第一項の規定による指定処分は、土地そのものを対象として行われる一つの対物的処分であつて、土地の所有者のみならずすべての関係者は右処分の効力を受けるものであるから、法第九八条第一項の規定は強行法規と解するを相当とすべく、従つて同条同項の規定違反が重大且つ明白である場合、その指定処分は当然無効の原因となるものといわなければならないところ、富山県知事吉田実は甲第二号証の仮換地指定通知書を以て別紙目録記載の魚津市大字下村木町字沖田割三、六〇四番田一畝一四歩外四筆なる控訴人所有の従前の土地合計九五坪に対し、六一街区二一画地を仮換地として指定したにも拘らず右三、六〇四番の上に賃借権を有していることの知れていた訴外中屋久蔵に対し同時に借地権指定処分を行わず、約九ケ月後においてはじめて甲第三号証の借地権指定通知書を以て本件借地権指定処分をしたものであるが、右同時指定の規定違反は重大であり、行政行為の手続形式などに関する軽微な瑕疵とは到底解することはできない。又その瑕疵は通知書の日付を見ることによつて容易に発見し得べくこれを認定するに特別の審理を要する訳合のものではないから、その瑕疵は明白であるといわなければならない。それ故本件借地権指定処分は無効であること明白である。仮に無効でないとしても右の如き法律違背の瑕疵があるから、その処分は取消さるべきである。

二、本件借地権指定処分は内容の確定しない行政処分であつて、その内容の確定しないことは指定通知書を一覧することによつて容易に判り得るところである。すなわち甲第三号証の借地権指定通知書によれば「土地区画整理法第九八条の規定により下記のとおり指定する」として街区番号六一B区地番号L二一の内地積約二九坪三合とあるだけであつて、約二九坪三合の土地が六一B街区L二一画地のうちのどの部分に当るかについては何等示されていない。従つて右指定は内容の確定しないものであり、且つその瑕疵は行政行為の手続形式に関する軽微な瑕疵と解することができないから、その瑕疵は重大且つ明白というべく、従つて右指定処分は無効のものといわなければならない。仮に無効でないとしても右指定によつては借地権の内容が特定することができないから、その指定処分は取消さるべきである。

なお甲第三号証の借地権指定通知書の欄外に「借地権の目的となるべき土地又はその部分の位置は富山県魚津復興都市計画事務所において閲覧して下さい」と記載されてあることは認めるが、かかる記載のあることのみを以てしては未だ借地権指定処分の内容が確定しているとすることはできない。少くとも宅地を区画しこれに番号符号を入れ、その番号符号を通知書に記載する等通知書自体によつてその位置が客観的に特定される場合の外は内容不確定の違法な処分といわなければならない。

三、本件借地権指定処分は次に述べるとおり法律の規定に違背した瑕疵があるから取消を免れない。

(一)、地方公共団体である被控訴人が仮換地について借地権の指定を行う場合、法第九八条第三項の規定により土地区画整理審議会にはかりその意見を聞いて決定すべきところ、本件借地権指定に当つてはその意見を聞いていない。

魚津市役所備付の魚津都市計画火災復興土地区画整理審議会会議録には昭和三三年五月八日午後二時開催の第六九回審議会に本件借地権指定の件がはかられた旨の記載があるが、その諮問及び答申は誤つた資料に基づく誤つた説明に依るものである。すなわち訴外中屋久蔵が控訴人所有の従前の土地三、六〇四番田一畝一四歩の上に有していた借地の面積はそのうちの三七坪であつて、残りの七坪は三、六二六番田一三歩及び三、六二七番の一宅地九歩と共に訴外秋本久宣に対し貸付けていたものであり、その七坪は三、六〇四番と三、六二七番の一と画する線に沿つて約一間巾を以て長方形をなしていた。然るに右審議会の審議資料として用いられた画面(当審での答弁書添付別紙第二図面)によれば三、六〇四番の全部が右中屋久蔵の従前の借地となつており、又同図面(同答弁書添付別紙第三図面)によれば三、六〇四番全部を右中屋久蔵が従前使用し、その所有家屋の位置は三、六二七番の一との境界線すれすれにまで及んでいる。これは明らかに従前の借地使用状況に一致しないものであり、かかる誤つた資料及び説明に依る諮問及び答申はその形はあつてもその実質を伴わないものであつて、諮問及び答申は無きに等しく、従つて本件借地権指定は法律の定める土地区画整理審議会にはかりその意見を聞くことなくして行われた違法の行政処分である。

(二)、本件借地権指定処分は法第八九条に定める換地計画決定の基準を考慮してなされていない違法の処分である。すなわち仮換地についての借地権指定を行う場合は、仮換地についての借地権の位置と従前の土地上の借地権の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が照応するように指定すべきものであつて、施行者の恣意に委ねられているものではない。訴外中屋久蔵が従前の土地上に有していた借地権は、もと訴外西尾某がその上に居住用住家を所有する目的で控訴人から借地しその住家から日本カーバイト株式会社魚津工場に工員として通勤していたものを、訴外中屋がその住家を右西尾から買受け、その際控訴人から居住用住家所有の目的で借地することによつて得たもので、訴外中屋は右住家につきこれを店舗として使用した事実はない。而して右住家は正面道路との間に空地を置いて建てられており、左側に小道はあるが、それは墓地及び僅かの農地に通ずるものであつて、附近の住家への出入りに利用するものではなく、又訴外中屋は所謂俸給生活者であり、そこから魚津市役所に通勤していた者である。従つて本件仮換地についての借地権を指定するに当つては居住用住家を所有する目的に副うようその位置が定められるべきであると共に、従前の土地が仮換地と一部一致し訴外中屋の従前の土地上に有していた借地権の位置が仮換地の中に含まれ、同人は罹災後その土地にバラツク建住家を所有していたのであるから、その位置を基として減歩された面積をその位置で指定して特別の支障を見ないのみでなく、又そうすることが法意にも副う所以である。そうだとすれば訴外中屋に指定さるべき借地権の位置は居住用住家にふさわしき六一B街区L二一画地の内原判決添付第二図面記載の(B)又は(C)地の位置であるのが相当であるのに、被控訴人が指定したと主張する位置は、一部は八メートル道路に面し、一部は四メートル道路に面する角地であつて、店舗用建物を所有するに格好な位置であるが居住用住家を所有するに適した位置ではない。訴外中屋の借地権の位置を現にその所有する建物の存する位置から離して殊さらに店舗用建物所有を適当とする角地の位置に指定しなければならない理由がないに拘らず、その位置を指定したとすれば、それは訴外中屋の一方的な要望を容れ、客観的に指定基準に背いて右中屋のため有利な指定をなしたもので全く施行者の恣意に基づく権利の指定処分であり、裁量の範囲を逸脱した違法の処分であるといわなければならない。

(三)、被控訴人は借地権の指定については地主に通知しなければならないという法の義務規定がないから通知の必要はないと主張するが、右義務規定のないのは通知の必要がないからではなく、同時指定(法第九八条第一項)の建前から当然に従前の土地所有者に、借地権の指定があつたことを知り得る機会が与えられているためであつて、宅地所有者に知らされないままに仮換地指定後半年以上を経てはじめて借地権の指定処分がなされることは法の全く予期しないところである。若し被控訴人の主張するように仮換地の指定と借地権の指定は必ずしも同時になされる必要はなく、且つ借地権指定のあつたことを仮換地の指定を受けた者に通知する義務がないとすれば、仮換地の指定を受けた者は事実上不服申立の機会を奪われる結果となるものであつて、かかることの許さるべきでないことは自明の理である。

被控訴人は訴外中屋に対する本件借地権指定処分のあつたことを控訴人に知らさなかつたことの理由として、当時訴外中屋の借地権をめぐる紛争等の事情から推して通知を発しても控訴人が受取らないことが明白であるからであるというが、控訴人はかつて訴外中屋の借地権の存在を争つた事実はない。控訴人は魚津復興都市計画事務所長に対し訴外中屋の借地権の指定先として原判決添付第二図面記載の(A)地以外の(B)地又は(C)地にその区域を指定せられたい旨申入れて来たものであり、控訴人は右(A)地を訴外中屋の従前の借地に対する借地権の範囲に指定せられることに反対はしたが、訴外中屋に対する借地権指定そのものに反対した事実もない。仮に本件借地権指定の通知を控訴人になしても受領しないと察せられる事情があれば、市報なり新聞紙に掲載して送達すべきであつて、何等の措置を講じなかつたことは不服申立の機会を奪う意図に出たものであること明らかである。

四、被控訴人の後記主張事実中本件仮換地約七四坪に対する控訴人所有の従前の土地を控訴人において従前使用していなかつたことは認めるが、その余の事実については控訴人の主張に反する部分を否認する。なお訴外中屋は本件借地権指定処分前である昭和三三年一月本件借地権指定のあつた土地の部分につき法第七六条第一項の規定による建築の許可を受けているが、この事は右建築許可以前土地区画整理審議会の議を経るまでもなく、既に施行者において確定的にその土地に訴外中屋の借地権を指定することに決定していたことを物語るものであつて、施行者が審議会の審議を軽視しその恣意専断によつて訴外中屋のため有利に事を導こうとしたこと明白である。

第二、被控訴代理人の主張

一、控訴人の前記一の主張について。

法第九八条第一項の規定による仮換地の指定がなされた場合、従前の土地に賃借権その他宅地を使用収益することができる権利を有する者等があるときはそれらの権利関係は法第九九条の規定によりそのまま仮換地上に移動するものであつて、借地権の指定が同時になされなかつたからといつて借地権者等のすべての権利が直ちに消滅するものではない。仮換地については、権原に基づく者であるならばすべて従前の宅地について有する権利の内容である使用又は収益ができるものである。また法第八五条の規定によれば権利者は区画整理施行期間中は同条第四項の規定に基づく施行規程で特に受理しないと定められている期間を除き、何時でも施行者に対し権利の申告をなしうるものであるから、仮に仮換地指定後において申告をなした場合は、当然仮換地指定の日以後において借地権の指定が行われる結果となるものであり、施行者が申告されている借地権につき本件のように地主と借地人との間に紛争がある場合、紛争による復興の阻害を防ぐために両者間に話合いの期間を設け、若しくは借地権指定に当り調査調整に日時をかけたために、仮換地の指定と同時に権利の指定が行なわれなかつたとしても違法となるものではない。

二、控訴人の前記二の主張について。

控訴人は借地権指定の通知書自体によつて借地位置が特定しなければ違法であると主張するが、そのように解する根拠は全くない。すでに通知書が交付される前に借地位置については、土地区画整理審議会の諮問を経、富山県魚津復興都市計画事務所には図面を備えつけてその位置は実質的、客観的に確定していたのである。或は通知書によつて位置がはつきり分るのはより理想的であるとしても、実質的客観的に位置が特定され、また通知書に「借地権の目的となるべき土地又はその部分の位置は富山県魚津復興都市計画事務所において閲覧して下さい」と記載されているとおり同事務所において別紙添付第一図面記載の如き図面を備えつけて常に借地指定位置が具体的に判明するよう措置していたのであるから、その内容は明らかに確定している。

三、控訴人の前記三の(一)の主張について。

訴外中屋久蔵が控訴人から賃借使用していた土地は控訴人所有の従前の土地字沖田割三、六〇四番田一畝一四歩のうち一畝七歩(三七坪)であることは認めるが、その余の控訴人主張事実は否認する。

実測図でない従前の土地の地形図に多少の相違があつたとしても、それにより仮換地による借地位置の指定に重大なる相違を来たすものではない。しかも借地位置の決定は法第八九条の基準に基づいて、図面のみによつて行なわれたものではなく、現地状況を精査のうえ行なわれたものであり、また土地区画整理審議会は、担当地元委員が諮問案を地元に持ち帰つて現地状況についてよく協議した後審議会に提出したものを審議したものである。審議会はこれを満場一致をもつて答申したもので、ここに何等違法の点はない。

四、控訴人の前記三の(二)の主張について。

本件借地権指定位置が一部は八メートル道路に面し一部は四メートル道路に面する所謂角地であることは認めるがその余の控訴人主張事実は不知又は否認する。

訴外中屋久蔵の借地指定位置は法第八九条に規定する基準により従前の土地の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等が客観的綜合的に照応するように考慮し、法第九八条第三項の規定により土地区画整理審議会にはかり満場一致をもつて原判決添付第一図面のとおり定められたものである。

控訴人は訴外中屋の借地指定位置を六一B街区L二一画地の角地に指定したことは借地人のみの利益を考慮した不当な指定であると主張するが、控訴人所有の別紙目録記載の従前の土地のうち(1)及び(2)の土地は水路及び田にかこまれた公道に面していない所謂盲地で、しかも飛地であつて、訴外脇坂菊次郎が田として耕作していたもので角地に位置すべきものではない。又(3)ないし(5)の土地は正面が公道に面し裏面が墓地に通ずる細い道路に面しており、訴外舟川つた(訴外秋本久宣の妻であつたが離婚した)が宅地として使用していたものであるが角地に位置すべき条件のものではない。ただ(6)の土地すなわち訴外中屋が従前借地していた土地は正面が公道(幅員約五メートルの市道)に面し側面が三尺の道路に面しており裏面が墓地に通ずる細い道路に面していた所謂角地であつて、この土地のみが角地に位置する条件を具備していたものである。

地主たる控訴人が換地指定地をいかように使用する意思があろうと借地権の指定に当つては地主の恣意を認めるような主観的な意味の利用状況を考慮することは法意でなく、またその指定に当つて職業的区別を考慮しなければならないような法律上の根拠もない。あくまでも客観的に見て従前の借地と照応するように指定すべきものである。控訴人が殊さらに店舗用建物のためには角地が適当であるということを問題とする理由が那辺にあるかは別として法律上の根拠もなく、むしろ控訴人が借地権のとり上げを図り自己の利益を一方的に実現しようとする意図を推定させるものと解さざるを得ない。

五、控訴人の前記三の(三)の主張について。

借地権の指定について、地主に通知しなければならないという法の義務規定はなく、また昭和三三年三月一三日付魚復都第八二号の控訴人宛の仮換地位置指定通知書を所定の手続をもつて送達したにも拘らず受取を拒絶し、その後事務所職員が持参説明したけれども受取を拒まれたので、やむなく公示送達した事情がある。かくの如く当時の借地権をめぐる紛争からして通知の写を送付しても受取を拒絶されることは明らかであつたので、公示送達等の取扱いからして、すべて法に通知の義務規定のないものについては一切通知しない方針をとることにしたもので何等不当なる取扱いによるものではない。

六、控訴人の前記四の建築許可に関する主張について。

本件借地権指定処分前訴外中屋に対し法第七六条による建築許可をしたことは認めるが、右許可は土地区画整理事業施行者とは別人格の富山県知事によつて行われたものである。而して法第七六条による建築許可申請については申請人の行う建築行為が土地区画整理事業施行上障害とさえならなければ許可しなければならない趣旨のもので、都市計画法施行令第一一条の三の規定でも「容易に移動し又は除去し得る構造物のものはこれを許可すべし」とされていることと住宅金融公庫の融資の手続(一応家屋建築の許可を受け基礎づくり程度のことをしておかないと融資の承認は困難であつた。)の関係などの復興促進の必要のためにも借地位置の指定前であつたが無償移転等の条件を付して許可したものであつて、何等違法な取扱いではない。

(証拠省略)

理由

被控訴人が昭和三一年一〇月魚津都市計画火災復興土地区画整理事業を施行し、被控訴人から同年一一月一日右事業に関する事務の委託を受けた富山県知事吉田実が、昭和三二年九月二一日付魚復都第六一二号を以て控訴人に対し、その所有にかかる別紙目録記載の従前の土地合計九五坪(以下本件従前の土地という)に対し街区番号六一B画地番号L二一地積約七四坪なる仮換地の指定(以下本件仮換地指定処分という)をなし、次いで昭和三三年六月一二日付魚復都第二一三号を以て訴外中屋久蔵に対し、同訴外人が控訴人より賃借していた本件従前の土地のうち字沖田割三、六〇四番田一畝一四歩のうち三七坪の借地権につき前記街区番号六一B画地番号L二一のうち地積約二九坪三合(その区域は原判決添付第一図面記載のとおり)なる仮換地についての仮の借地権の指定(以下本件借地権指定処分という)をなしたこと、控訴人が本件借地権指定処分に対して昭和三三年七月八日建設大臣に訴願をなしこれが処分の取消を求めたが、昭和三四年三月六日訴願棄却の裁決があり、同裁決書が同月一四日控訴人に送達されたことはいずれも当事者間に争がない。

控訴人は本件借地権指定処分は違法で、無効又は取消さるべきであると主張するので、以下控訴人の違法原因について順次判断する。

一、土地区画整理法(以下単に法という)第九八条第一項後段の規定違反の主張について。

本件借地権指定処分が本件仮換地指定処分より約八ケ月余り後になされ、右両処分が同時になされなかつたことは前示のとおり当事者間に争のないところである。而して法第九八条第一項後段の規定によれば施行者は仮換地指定の場合において、従前の宅地について賃借権その他の宅地を使用する権利を有する者があるときは、その仮換地について仮にその権利の目的となるべき宅地又はその部分を指定しなければならないものとされている。そして同法第八五条では土地区画整理施行地内の宅地について登記のない賃借権その他の宅地を使用する権利を有する者はその権利の種類及び内容を施行者に申告しなければならず、右申告のないものについては、その申告がない限りこれを存しないものとみなして、同法第三章第二節から第六節までの規定による処分又は決定、すなわち換地計画の決定、仮換地の指定、換地処分、補償乃至清算等をすることができる旨を定めている。従つて右各規定からすれば、従前の宅地について賃借権その他の宅地を使用する権利(以下借地権という)を有する者があつて、右借地権が登記されている場合は勿論、登記がなされていなくとも、その申告がなされている場合には、仮換地の指定とその仮換地についての借地権の指定とは同時になされることを建前にしていること明らかである。然しながら法第九八条第一項後段の規定は、土地区画整理の円満な実施と関係権利者の権利関係をなるべく早く安定させるために、将来換地として指定さるべく予定された土地を仮換地として予め指定する仮換地指定処分の目的からくる当然の規定にすぎないから、たまたま仮換地指定を受ける従前の土地所有者とその借地権者との間に借地権等をめぐつて紛争があり、これが紛争の円満解決のため両者間に話合いの期間を設け、或は借地権指定にあたつての調査調整のため等施行者の事業遂行上やむを得ない事由があるときは、仮換地についての借地権の指定が仮換地の指定と同時になされなかつたとしても、この事だけを以て直ちにその仮換地についての借地権指定処分を無効若しくは取消すべき違法があつたとすることはできないと解するを相当とする。(控訴人は法第九八条第一項後段の規定は強行法規であるからこの規定に違反し、仮換地と同時に指定されなかつた借地権指定処分は当然無効である旨主張しているが、そのように解すべき合理的理由はない。)

そこでこれを本件について見るに、成立に争のない乙第四、第九号証に原審証人村田栄、当審証人山口信次、同水口徳義、原審及び当審証人中屋久蔵の各証言を総合すれば、控訴人は魚津市の大火前、本件仮換地約七四坪に対する控訴人所有の従前の土地及びその他の控訴人所有地を訴外中屋久蔵その他の者に賃貸(本件仮換地約七四坪に対する控訴人所有の従前の土地を控訴人において従前使用していなかつたことは当事者間に争がない。)していたが、右大火後魚津市に都市計画火災復興土地区画整理事業が実施せられるや、控訴人は同人から従前賃借していた訴外中屋久蔵ら借地人を他へ移転させ、そのあとを売却する考えで、現在の場所では借地を一切認めないという態度を固持し、地代も受取らず、また従前の借地人が法第八五条第一項の借地権の申告をなすに当つてこれが地主としての連署を拒否するなどしたため、控訴人と訴外中屋久蔵ら借地人との間に借地権をめぐつて紛争が生じ、本郷沖田地区復興促進委員会(同会は魚津市大火後同市の都市計画復興事業が円満迅速に遂行できるよう協力するため本郷、沖田地区の地主及び借地人全員が参加して組織した市民団体)の委員長らが仲に入つて調整につとめたが話合がつかず土地区画整理事業の遂行に支障をきたすようになつたこと、そこで施行者としては右紛争の円満解決を期し両者間に更に話合いの期間を設けると共にとりあえず控訴人所有の従前の土地に対する本件仮換地の指定をなし、その後も調整のため種々手をつくしたが結局解決に至らなかつたので、本件借地権の指定処分がなされるに至つたものであることが認められ、原審及び当審での控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できないし、他に右認定を動かすに足る証拠はない。そうすれば右のような事情の下に本件仮換地の指定と同時になされなかつた本件借地権指定処分は、前示の理由により、ただ同時に指定されなかつたという事だけでは直ちに無効若しくは取消すべき違法があつたとすることはできないものといわなければならない。

それ故控訴人のこの点に関する前示主張は採用できない。

二、本件借地権指定処分はその内容が特定していない不確定の行政処分であるとの主張について。

控訴人所有の従前の土地合計九五坪に対する仮換地として街区番号六一B画地番号L二一の本件仮換地約七四坪が一括して指定されたものであること及び控訴人所有の従前の土地のうち訴外中屋久蔵が賃借使用していたのは字沖田割三、六〇四番田一畝一四歩(現況宅地四四坪)のうち三七坪であることはいずれも当事者間に争がない。而して成立に争のない甲第三号証によれば右訴外中屋に対する本件借地権指定通知書には、同人の有する借地権の目的となるべき土地又はその部分の表示として「街区番号六一B画地番号L二一の内地積約二九坪三合」と記載されているだけで、右約二九坪三合の地域を特定する記載を欠いていることは控訴人主張のとおりである。然し右甲第三号証によれば同通知書には注意書として「借地権の目的となるべき土地又はその部分の位置は富山県魚津復興都市計画事務所において閲覧して下さい」と記載されている(この記載の事実は当事者間に争がない。)ことが認められ、この事と成立に争のない乙第一〇号証、原審証人村田栄、当審証人山口信次の各証言並びに本件弁論の全趣旨に徴すれば、右事務所には別紙添付第一図面記載のとおり訴外中屋の借地権指定の位置及び範囲を示した図面が備え付けてあつて、右図面を一見すれば訴外中屋の借地権指定の位置、範囲を容易に了知しうる(控訴人自身も右借地権指定の位置、範囲を了知していることは本訴主張自体に徴し明瞭である。)ことが認められるから、このような場合には通知書自体に借地権指定の地域を特定する記載を欠いていても、処分の内容は客観的に特定され確定しているものと認めるのを相当とする。従つて本件借地権指定処分はその内容が特定していない不確定の行政処分であるとの控訴人の主張は採用できない。

三、本件借地権指定処分は法第九八条第三項所定の土地区画整理審議会の意見を聞かずに行つた違法の行政処分であるとの主張について。

前記乙第一〇号証と前記証人村田栄、同山口信次の各証言によれば、本件借地権の指定に当り、施行者は土地区画整理審議会に諮問しその意見を聞いたことを認めるに十分である。控訴人は右審議会の審議資料として用いられた図面には訴外中屋久蔵の従前の借地面積及び借地の使用状況について事実と一致しない点があるから、かかる誤つた資料及び説明による諮問及び答申は形はあつても実質を伴わないものであつて、諮問及び答申はなきに等しい旨主張するが、右証人山口信次の証言に徴すれば、右審議会は審議資料として提出された図面のみで審議答申したものではないことが窺えるから、たとえ訴外中屋の従前の借地面積及び借地の使用状況につき図面上事実と一部一致しない点があつても、これがため審議会の意見を聞かない違法があつたということはできない。(なお控訴人は、訴外中屋は本件借地権指定処分前である昭和三三年一月本件借地権指定のあつた土地の部分につき法第七六条第一項の規定による建築の許可を受けているが、この事は右建築許可以前土地区画整理審議会の議を経るまでもなく既に施行者において確定的にその土地に訴外中屋の借地権を指定することに決定していたことを物語るものであるというが、訴外中屋が昭和三三年一月富山県知事から法第七六条第一項の規定による建築の許可を受けた((この建築の許可を受けたことは当事者間に争がない。))場所が本件借地権指定のあつた土地の部分であることについてはこれを認め得べき証拠はなく、却つて成立に争のない甲第一〇号証((乙第一六号証の一))と原審及び当審における証人中屋久蔵の証言によれば右建築の許可を受けた場所はもと訴外中屋が借地していた地番に対する仮換地、すなわち控訴人が本件仮換地の指定を受けた六一B街区L二一画地内ということで本件借地権指定のあつた土地の部分を特定して許可を受けたものではないことが窺えるから、右建築許可以前土地区画整理審議会の議を経るまでもなく既に施行者において確定的に本件借地権指定のあつた土地の部分に訴外中屋の借地権を指定することに決定していたとみることはできない。)

四、本件借地権指定処分は法第八九条に定める換地計画決定の基準を考慮してなされていない違法の処分であるとの主張について。

控訴人所有の従前の土地合計九五坪に対する仮換地として街区番号六一B画地番号L二一の本件仮換地約七四坪が一括して指定されたものであること及び右控訴人所有の従前の土地を控訴人において従前使用していなかつたことは前示のとおりいずれも当事者間に争がなく、また本件借地権指定位置が一部は八メートル道路に面し、一部は四メートル道路に面する角地であることも本件当事者間に争のないところである。而して右の事実に前記証人村田栄、同山口信次、同中屋久蔵の各証言並びに本件弁論の全趣旨を総合すれば、訴外中屋の従前の借地を含む控訴人所有の従前の各土地の位置及びこれに対する本件仮換地の位置は別紙添付第二図面記載のとおりであつて、右従前の土地のうち別紙目録(1)及び(2)記載の土地は従前水路及び田にかこまれた道路に面していない所謂盲地で、訴外脇坂菊次郎がこれを田として耕作使用し、又同(3)ないし(5)記載の土地は従前正面が幅員約五メートルの市道に面し、裏面が墓地に通ずる細い道路に面しており、訴外舟川つた(訴外秋本久宣の妻であつたが離婚した)がその地上に家屋を所有しこれを宅地として使用していたもので、いずれも角地に位置すべき条件のものではなかつたこと、そして同(6)記載の土地、すなわち訴外中屋が従前借地していた土地は正面が右市道に面し側面(北側)が巾約三尺の道路に面しており、裏面が墓地に通ずる細い道路に面していた角地であつて、その地上に南側の(5)記載の土地に沿い正面の市道からやや離れて建てられた家屋を所有し宅地として使用していたこと、従つて控訴人所有の従前の土地のうち訴外中屋が借地していた(6)記載の土地のみが角地に位置する条作を具備していたので、施行者は訴外中屋の借地権の位置を指定するに当りこれと右各従前の土地の位置、利用状況及び環境等を比較考慮して、本件仮換地についての訴外中屋の借地権の位置を別紙添付第二図面記載のとおり前記角地に指定したものであることが認められ、右認定を覆えし、施行者が訴外中屋の一方的要望を容れ同人のため特に有利な指定をしたと認むべき証拠はない。

そうすれば右認定の事実からすると、本件仮換地についての訴外中屋の借地権の位置を前記のとおり角地に指定したのは相当であると考えられる。控訴人は訴外中屋は所謂俸給生活者であるからその借地権を指定するに当つては、居住用住家を所有する目的に副うようなその位置を定めるべきで、店舖用建物を所有するに格好な角地を指定する必要がない旨主張するが、控訴人所有の従前の各土地の位置、利用状況及び環境等が前示のとおりでこれに対する本件仮換地の位置が別紙添付第二図面記載のとおりである以上、たとえ角地が店舖用建物を所有するに格好な場所であるとしても、本件借地権の指定を以て法第八九条第一項、第九八条第二項所定の基準を考慮してなされなかつた違法なものとすることはできない。

五、本件借地権の指定を控訴人に通知しないことが違法であるとの主張について。

本件借地権指定の通知が本件仮換地の指定を受けた従前の土地所有者である控訴人になされなかつたことは当事者間に争がない。然し施行者が仮換地についての借地権の目的となるべき土地又はその部分を指定した場合に、仮換地の指定を受けた従前の土地所有者に右借地権の指定を通知しなければならないという法規上の根拠がないから、通知を要する旨の規定がない以上、通知しないからといつて違法といえないこと勿論である。控訴人は右通知の規定のないのは通知の必要がないからではなく同時指定の建前から当然に従前の土地所有者に借地権の指定があつたことを知りうる機会が与えられているためであつて、若し同時指定でない場合に通知を要しないとすれば仮換地の指定を受けた従前の土地所有者は事実上不服申立の機会を奪われる結果となり不当であるというけれども、同時指定の場合は通知を要しないが同時指定でない場合には通知を要すると解すべき理由もなく、不服申立の点については当時施行の行政事件訴訟特例法第五条により指定の通知を受けなくとも何等かの方法で処分のあつたことを知つた日から法定の期間内に出訴できるのであつて、不服申立の機会がないとはいえないし、現に控訴人は本件借地権指定処分に対し法第一二七条所定の期間内に訴願をしているのであるから、この点に関する控訴人の主張は採用し難い。

六、その他控訴人が原審において主張した違法原因については、原判決説示と同様の理由により右主張はいずれも理由のないものと判断するから、原判決の理由中この点に関する部分の記載(原判決理由欄二ないし四記載部分)をここに引用する。

以上の次第で、本件借地権指定処分には控訴人主張の如き無効若しくは取消すべき違法は存しないから、これが無効確認若しくは取消を求める控訴人の本訴請求はいずれも理由なく、これと同趣旨に出た原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小山市次 広瀬友信 寺井忠)

(別紙目録および第二図省略)

別紙第一図<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例